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えー、防衛大臣ともあろう人が「原爆はしょうがなかった」などと発言しております。
そりゃ大騒ぎですよ。だってよりによって防衛大臣ですよ。あの原爆が本当に必要だったかどうかもわからないような人がつくべき職務ではありません。
大体、本土空襲自体が民間人居住地域を狙った攻撃で、立派な国際法違反です。「アレでアメリカ人兵士の命が助かった」「結果的に日本人の犠牲者も少なくてすんだ」などというアメリカの見苦しい言い訳を丸呑みしないと新型戦闘機のF22は売ってもらえないんですかね。何十万人殺されたと思ってるんですか。
いちいち書くのも面倒ですが、戦争といってもめったやたらと相手国の人を殺していいものではありません。戦闘員(いわゆる軍人さん)と非戦闘員(一般の人々)の区別をしっかりつけて戦わねばなりません。もちろん、攻撃してよいのは前者だけです。
非戦闘員に対しては、ゲリラ活動をしている、テロ攻撃をしかけてきた、などのよほどの理由が無ければ攻撃しちゃいかんのです。この間のイラク戦争でも、戦闘と無縁の民間人を故意に射殺した米兵が銃殺刑になりました。当然の措置です。戦争は「バトル・ロワイヤル」のようなタダの殺し合いとは違うのです。
原爆に関して、後ろめたいアメリカは言い訳として、「町中に軍需工場があったからまとめて攻撃した」とか「ほとんどの男性が軍に徴用されていたから、軍人とみなして攻撃してよい」とか詭弁もいいとこの言い訳をしています。
それだったら、軍事施設のみを攻撃すべきですし、住宅地を攻撃し、非戦闘員を巻き込んでよい理由にはなりえません。技術的に難しかったからといって正当化できる理由でもありません。
まして「アメリカ人兵士の命のために・・」というのは、戦闘員の犠牲を減らすために民間人を犠牲にする、ということで、いくら敵の国民といえど、このような理由で民間人を犠牲にしてはいかんのです。
しかも当時のアメリカは、日本がソ連(当時中立条約を結んでいましたが、のちにソ連が一方的に条約を破って攻撃してきました)を通して和平交渉を持ちかけてきていることも知っているわけです。ですから「原爆が降伏を早めた」というのもムリがあります。
さらにいえば、トルーマン大統領は、ポツダム宣言が出る前に、日本を核攻撃することを命じています。つまり、ポツダム宣言を受け入れない日本の首脳部に降伏の決断を迫るため、という理屈も成り立たないのです。
原爆による攻撃は決して「しかたない」ものではないのです。
しかも彼、私と同じ長崎出身じゃないですか。私も小学生・中学生のころ、学校の先生や親戚、近所の人に被爆者がいらっしゃいました。私の祖父も、被曝こそ免れましたが、あのキノコ雲を目撃しています。
私の中学時代の英語の先生は、原爆が投下された長崎の町にいました。当時学生だった先生は、空襲で火事が広がらないように、空き家を撤去する作業を、クラス全員で行っていたそうです。
原爆が爆発した時、先生と同級生数人だけが、たまたま原爆の閃光が当たらず、爆風からも守られるような場所にいたために助かりましたが、残りの同級生は全員即死し、先生は生き残った数人と一緒に、手足がバラバラになり、顔も焼け焦げて区別も付かないような、変わり果てた同級生のご遺体を「すまん、すまん」とあやまりながら一箇所に集めていたそうです。
個人の戦争体験と、政治の一部として戦争を分析することは、冷厳に分けなければいけないのでしょうが、あの原爆投下は「しかたない」と言ってよいものではありません。
大体、本土空襲自体が民間人居住地域を狙った攻撃で、立派な国際法違反です。「アレでアメリカ人兵士の命が助かった」「結果的に日本人の犠牲者も少なくてすんだ」などというアメリカの見苦しい言い訳を丸呑みしないと新型戦闘機のF22は売ってもらえないんですかね。何十万人殺されたと思ってるんですか。
いちいち書くのも面倒ですが、戦争といってもめったやたらと相手国の人を殺していいものではありません。戦闘員(いわゆる軍人さん)と非戦闘員(一般の人々)の区別をしっかりつけて戦わねばなりません。もちろん、攻撃してよいのは前者だけです。
非戦闘員に対しては、ゲリラ活動をしている、テロ攻撃をしかけてきた、などのよほどの理由が無ければ攻撃しちゃいかんのです。この間のイラク戦争でも、戦闘と無縁の民間人を故意に射殺した米兵が銃殺刑になりました。当然の措置です。戦争は「バトル・ロワイヤル」のようなタダの殺し合いとは違うのです。
原爆に関して、後ろめたいアメリカは言い訳として、「町中に軍需工場があったからまとめて攻撃した」とか「ほとんどの男性が軍に徴用されていたから、軍人とみなして攻撃してよい」とか詭弁もいいとこの言い訳をしています。
それだったら、軍事施設のみを攻撃すべきですし、住宅地を攻撃し、非戦闘員を巻き込んでよい理由にはなりえません。技術的に難しかったからといって正当化できる理由でもありません。
まして「アメリカ人兵士の命のために・・」というのは、戦闘員の犠牲を減らすために民間人を犠牲にする、ということで、いくら敵の国民といえど、このような理由で民間人を犠牲にしてはいかんのです。
しかも当時のアメリカは、日本がソ連(当時中立条約を結んでいましたが、のちにソ連が一方的に条約を破って攻撃してきました)を通して和平交渉を持ちかけてきていることも知っているわけです。ですから「原爆が降伏を早めた」というのもムリがあります。
さらにいえば、トルーマン大統領は、ポツダム宣言が出る前に、日本を核攻撃することを命じています。つまり、ポツダム宣言を受け入れない日本の首脳部に降伏の決断を迫るため、という理屈も成り立たないのです。
原爆による攻撃は決して「しかたない」ものではないのです。
しかも彼、私と同じ長崎出身じゃないですか。私も小学生・中学生のころ、学校の先生や親戚、近所の人に被爆者がいらっしゃいました。私の祖父も、被曝こそ免れましたが、あのキノコ雲を目撃しています。
私の中学時代の英語の先生は、原爆が投下された長崎の町にいました。当時学生だった先生は、空襲で火事が広がらないように、空き家を撤去する作業を、クラス全員で行っていたそうです。
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